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「ある」ことに気付く
ということを先日書いた。

それはモノだけでなくて、
自分の能力についても言えること。

私はピアノを弾く。
子供の頃から本番に弱く、
人前で弾くのが苦手。
何とか音大に入ったはいいが、
今度は劣等感に苛まれた。
ピアノを弾くのは好きだけれど、
性格的には全く向いていない、と思った。
でも、それしかやって来なかったから、
(二十歳位まではピアノ漬けの生活)
いまさら他の道には行けない。

で、どうしたか・・・

本番で事故を起こさない方法は、
悪戦苦闘の末、時間は掛かったが、
幾つか打開策が見つかった。
劣等感は、今でも消えないけれど、
自分の中にある「ピアノが好き」
という気持ちを大切にすること、
そして、
能力の無いことに目を向けたら、
キリが無いから、
自分にある能力って何なんだ?
と探ってみた。
必死になれば、
一つや二つは見つかるものだ。

それを最大限に活かすしか、
私に出来ることはない。
あるものを売り物に、
頑張るしかないじゃん、
と開き直ったワケ。
おかげさまで、
本番への恐怖は少し減った。

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 近くのお寺にある掲示板

もう少し若い時に、
気付けば良かったな・・・
と思うけれど、仕方ない。
ピアノは一生続けられるから、
今はまだ折り返し地点。
九十歳のおばあちゃんになったら、
思い通り弾ける様になっている、

・・・かもね。




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「足りない」
と思うより、
「ある」と思えば、
ずいぶん楽になれる。

情報やモノは足りないと感じると、
「もっと、もっと」
際限なく求めてしまう。

例えば、食材。
食べたいものを料理するには、
あれもこれも足りない。
けれど、あるもので工夫しても、
それなりに美味しく出来る。
工夫した分、満足感がある。
ちょっと考え方を変えればイイだけ。

自分の置かれている環境も、
人間関係も、
見方を変えれば、
十分に与えられているはず。

足りない、と思ったら、
あるもの(こと)に目を向けてみよう。

こんなにあるじゃん、
と思えたら、しめたもの。

分かってはいるんですけど、ね。
「ある」に気付くって、
なかなか難しいもんです。


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稲刈り後の田んぼと彼岸花・・・




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田んぼが広がる一画に、
毎年現れるコスモス畑。
誰かが種を蒔いているのかな。

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〈コスモス kosmos〉は、
秩序や調和を意味するギリシャ語。
はたまた、世界とか、宇宙とか、
言葉のスケールと、
花の雰囲気が結びつかない。
名前をつけた人が、
この花との調和を感じたのか・・・

先日、ジョギングの途中で、
時々出会うおばあちゃんと話す機会があった。
「お散歩ですか?」と尋ねたら、
「今日はデイサービスに行くから、
 畑の花を切って持って行くの」と。
育てた花を摘みに畑に行く途中だった。
それから、
「花を観て怒る人はいないからねぇ」
とニッコリ。

花を植えたり、育てたり、
飾ったり、贈ったりするのは、
自分自身の心の調和、
そして、人との調和を求めて、
ヒトが身に付けた、
術(すべ)なのかもしれない。



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ぬか床を冷蔵庫に入れることなく、
この夏を乗り越えた。
今まで、日に一度の手入れが出来ず、
やむなく冷蔵庫に避難させても、
結局ダメにしてしまった。
今年は糠味噌芥子で調整したり、
何とか無事を保てた。

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ぬか漬けは乳酸菌が豊富で、
カラダに良いらしい。
畑でキュウリが穫れ過ぎると、
ぬか床に入れておく。
上手く漬かると甘くて美味しい。
ちょっと過ぎると酸っぱくなる。
でも気にしなかった。
大らかな気持ちでやらないと、
何事も続かない。

『どうにでもなれ効果』
というのが心理学にあると聞いた。
ぬか床でたとえれば、

「今日かきまぜるのを忘れたから、
 酸っぱくなってしまった。
 もう面倒見るのはヤメよう」

そんな感じ。
たった一度のつまずきが、
良い習慣を崩壊させてしまう。
ダイエットや勉強など、
そうして途絶えさせてしまったことが、
数え切れないほどあった。

明日からまた、と大らかにすれば、
習慣に戻せる。
時にはゆるくした方がイイ場合もある。
しぶとく、そして、したたかに、
自分自身を手なずけていこう。





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よくフローリングに寝っ転がる。
でも、掃除は大の苦手。
一念発起で、
朝イチに雑巾がけをすることにした。
6月から今まで続いているのは、
ほとんど奇跡だ。

かろうじて縫い物は好き。
白いタオルに、カラフルな糸で縫った。

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汚れが目立たないように、
雑巾は色が濃い方がいい、
と思っていた。
でも、汚れ具合は白だから分かるし、
洗ってまた白くなることが気持ちイイ、
と気付いた。

苦手な掃除も、小さく始めれば、
だんだん楽しくなってくる。
思わぬ発見も嬉しい。

今は三代目の白雑巾。
最近はバケツの水に、
ハッカ油やラベンダーオイルを数滴。
雑巾がけに癒されているなんて、
信じられない。





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PCやスマホのせいで、
文字を手書きすることが、
圧倒的に減っている。
私自身も同じ。

小学5年生の担任の先生が、
惚れ惚れするほど美しい字だった。
おじいちゃん先生で、
線が微妙に揺れている。
それが味わい深かった。
必死に真似をした。

中学2年の担任の字は、
個性的なマル文字だった。
トキメいて、またしても真似をした。

憧れの字に出逢うたびに、
私の書く字は変わった。
真似をしない私自身の字は、
面白味が無くて、がっかりだった。

50を過ぎた今でも、
私自身の字は定まっていない。
今の文字アイドルは二井康雄さん。
『暮しの手帖』の様々なタイトルは、
二井さんの書き文字だ。
理想の文字だった。
やっぱり真似して練習した。

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歳上の方から手紙を頂くと、
その人らしさが字に溢れていて、それだけで感動してしまう。
手で文字を書かなくなったら、
人間お終いだ。

自分の考え方や生き方が、
揺るぎの無いものになったら、
その時、書いている文字が、
誰の真似でもない、
私自身の字なのだと思う。

まったく、
いつになることやら・・・




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いつの頃からか、
情報やモノに振り回されていた。
次々と求めるから、終わりがない。
時間も随分無駄にしたと思う。

先日、
Twitterのアカウントを手放した。
テレビを観ながら、
食事をするのをヤメた。

おかげさまで、
少し時間が増えた気がする。
心も少し軽くなった。

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昔ながらの稲刈り風景も見られる

この数年、
一年が過ぎるのが信じられないほど、
早く感じていた。

これからはInputより、
Outputに時間を使っていこうと思う。





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